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・アストロサイトとの相互作用が肺がん細胞にmGluR1の発現を誘導し脳転移の形成を促進する。

​ がん細胞が転移するためには新たな微小環境(= 転移先の臓器の環境)に適応する必要があります。脳は他の臓器とは大きく異なる細胞・分子基盤を有するため、脳に転移するがん細胞はこれに適応する必要があります。私たちは脳微小環境をin vitroで解析するための新たなプラットフォーム、MGS法(mixed-glial culture on/in soft substrate)を開発することに成功しました。この培養法ではマウス新生仔脳組織由来のグリア細胞を極めてやわらかい基盤上で培養しており、この方法によってこれまで困難であった初代培養ミクログリアの長期培養が可能となりました。また従来の培養法では2週間程度で失われていたアストロサイトの可塑性を数か月以上に渡って保持することも可能となり、これによりがん細胞とグリア細胞との相互作用を長期間に渡って解析することが可能となりました。 

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MGS法の模式図:アストロサイトとミクログリアを長期安定的に培養することができる

 このMGS法を用いた薬剤スクリーニングにより、肺がん脳転移の成立に重要な役割を担う分子としてmetabotropic glutamate receptor 1(mGluR1)を同定しました。mGluR1はグループI代謝型グルタミン酸受容体に属するGタンパク質共役受容体であり、中枢神経系においてL-グルタミン酸の受容体としてシナプス伝達に関与しています。したがってmGluR1の発現はほぼ中枢神経系に限られており、肺がん細胞はmGluR1をほとんど発現していません。ところが、脳に転移した肺がん細胞はグリア細胞との相互作用によってmGluR1を発現し、細胞の生存と増殖がグルタミン酸シグナル依存性へと変化することが明らかとなりました。

 この分子機構としてアストロサイト由来のWnt-5aがPRICKLE1による脱制御を介して転写抑制因子RESTを核外移行させること、これによりがん細胞にmGluR1の発現が誘導されることが明らかとなりました。また誘導されたmGluR1はグルタミン酸依存性に上皮成長因子受容体(EGFR)と直接相互作用してこれを安定化し、下流のMAPKシグナルを増強することで細胞の生存と増殖を促すことが明らかとなりました。

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 脳微小環境には主要な神経伝達物質であるグルタミン酸が豊富に存在しています。したがって脳に転移した肺がん細胞がmGluR1を発現することは、脳微小環境への適応戦略の一つと考えられます。一方で、がん細胞の生存と増殖がmGluR1依存性へと変化することは、この経路が新たな治療標的ともなり得ることも示しています。

 本研究成果の臨床応用を考えた場合、mGluR1の阻害は副作用として重篤な神経症状を引き起こす可能性があります。しかしながら私たちの研究によって、がん細胞の生存と増殖にはmGluR1の下流シグナルは一切関与せず、EGFRとの相互作用のみが関与していることも明らかとなっています。したがってmGluR1の下流シグナルを遮断することなくmGluR1とEGFRの相互作用を阻害し得るリード化合物を創出することができれば、肺がん脳転移に対する新たな治療戦略を提案することが可能になると考えられます。また上述の如く、mGluR1の発現は中枢神経系に限られていますが、乳がんや悪性黒色腫、腎細胞がん、膵がんの一部にmGluR1を異所性に発現するものが報告されています。またmGluR1はEGFR以外の受容体型チロシンキナーゼとも同様の相互作用を示す可能性も示唆されています。したがって本研究成果は様々な「mGluR1陽性がん」に対する新たな治療戦略の開発につながる可能性を秘めており、今後更なる研究の発展が期待されます。

Ishibashi et al., Developmental Cell 2024

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金沢大学がん進展制御研究所
​腫瘍細胞生物学研究分野 平田研究室

Division of Tumor Cell Biology and Bioimaging
Cancer Research Institute of Kanazawa University
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