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・難溶性抗がん剤の問題を解決する新たな手法:患者さんに優しい医療を目指して

​ 薬剤には水などの溶媒に非常に溶けにくいものがあります。これらの薬剤は効果があると推定されていても実際には使用できなかったり、あるいは使用する際に大量の溶媒を必要とするため、患者さんに負担をかけてしまうことがあります。

 抗がん剤の一種であるシスプラチンは非常に水に溶けにくいことで有名です。全身投与であれば点滴バッグなどに溶解して使用されますが、例えば肝細胞癌の患者さんへの局所動注療法では以下のような手順が取られています。

    シスプラチン100 mgあたり70 mLの生理食塩液を加えて溶解し、肝動脈内に挿入されたカテーテルから

   肝動脈内に20〜40分間かけて投与する。

    本剤を速やかに溶解するため調製時には湯浴(約50℃)で加温した生理食塩液を加えて強く振り混ぜる。また

   溶解後は速やかに投与する。 

    シスプラチン100mgあたり70mL未満の生理食塩液に溶解した場合、結晶が析出するおそれがある。

 

 このような難溶性薬剤の取り扱いは非常に手間で時間もかかります。また高濃度の薬剤を直接病変部位に投与できるという局所動注のメリットを十分に活かしきれなくなってしまう可能性もあります。患者さんがより安心して有効な治療を受けられるためには、効率よく薬剤を溶解するという手法が必要不可欠なのです。

 昨年、黒田研究室で新規に開発された双性イオン液体(OE2imC3C)がシスプラチンの効果を損なうことなく溶媒として機能することを報告しました(Kuroda et al., Communications Chemistry 2020)。しかしながらOE2imC3Cは新規に開発された溶媒であり、まだ患者さんに使用することはできません。そこで今回、私たちは既に安全性が確認されている物質の中からOE2imC3Cと同じようにシスプラチンを溶解できるものが存在しないか検索を行いました。その結果、食品添加物や栄養補助食品として広く使用されているトリメチルグリシンを添加することで、シスプラチンを速やかに水に溶解できることが明らかとなりました。

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 トリメチルグリシンン50%水溶液によるシスプラチンの溶解度は 1.7 wt% すなわち 100 mg のシスプラチンをわずか 5.88 ml の溶液に溶かすことが

できます。これは水や生理食塩水への溶解度の10倍以上です。

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 シスプラチンとトリメチルグリシンをフリーズ

ドライ製法によって混合粉末製剤として調整しても、

抗がん剤としての効果は完全に保たれていました。

​ 上図の様に100 mgのシスプラチンは50%トリメチルグリシン水溶液 6 mlに溶解することができ、しかも全ての操作は室温で可能です。さらに私たちはフリーズドライ製法によってシスプラチン・トリメチルグリシン混合粉末製剤(CT製剤)の開発にも成功しました。この混合粉末製剤は少量の水に溶かすだけでそのまま使用することが可能です。またトリメチルグリシンには肝臓への脂肪蓄積を抑制する効果(肝臓の保護作用)が確認されており、今後CT製剤の臨床への応用が期待されます(特許出願済み)。

 私たちは引き続き黒田研究室と共同で研究を進め、難溶性薬剤を溶解することのできる新たな物質の開発と検索、検証を行っていきます。これにより、これまで日の目を見ることなくいわば「眠った状態」にある膨大な化合物(薬剤)の可能性を引き出すとともに、これまで以上に患者さんに優しい医療の開発を目指して研究を進めて参ります。 

Kadokawa et al., Scientific Reports 2021

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金沢大学がん進展制御研究所
​腫瘍細胞生物学研究分野 平田研究室

Division of Tumor Cell Biology and Bioimaging
Cancer Research Institute of Kanazawa University
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